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2020年12月19日

古都の記憶の家

南が海、三方が山に囲まれた鎌倉は、美しい自然環境と豊かな歴史的遺産をもつ古都です。社寺に代表される歴史的な建造物や遺跡と、それらをとりまく樹林地などの自然的環境が一体となって、鎌倉らしい雰囲気をつくりだしています。明日香、奈良、京都と共に、鎌倉の歴史的風土は古都保存法によって守られてきました。

では、雰囲気をつくりだす「鎌倉らしさ」は、何から生まれるのでしょうか。5つ程ありそうです。

  • 都市がほどよい規模で、周囲を囲む山や海と自分の位置を感じながら歩いて回れること。
  • 手にとれる至近距離に緑や水がたくさんあり、花やホタルなど季節の変化に癒されること。
  • 武家社会を引き継いだ建築文化の格式、質の高い納まりを身近に触れられること。
  • 明治以降、政財界人、文化人が別荘をつくり、鎌倉独特の洋館が残っていること。
  • 茶道家元も住み、お茶の盛んなことによる「もてなしと思いやり」が街並みに感じられること。

恵まれた敷地規模と周辺環境の建設用地に、鎌倉らしさに沿いながら価値を高める家づくりの為に行ったことは、次の3つです。

  • 周辺の社寺や山並みに合わせ、道行くひとが既視感を得られる形態をつくること。
  • 古びることで価値が増す様に、使う素材と納まりが細部にわたって「本物」であること。
  • 周囲の植栽や土留め・舗装は、街に対して硬く閉ざすことなく家を守る様に設けること。

竣工後、初めての来客として訪れた鎌倉在住のアメリカ人シスターは、失われつつある鎌倉の良さをこの家に発見し、時間を忘れて建て主との会話を楽しんでいました。

西側道路側の駐車場と生垣。コンクリート土間仕上げを最小限にした
玄関前。栗古材に埋め込んだインターホンとポスト。軒先手水鉢
玄関土間。地元の大磯豆砂利洗い出し仕上げ
1階広間とキッチン。壁は大津壁撫で切り仕上げ。大黒柱は尺角カヤ
1階広間と茶の間。柱は檜・高野槇。2階床鳥は赤松と7寸角檜材
茶の間。畳は藁床。壁は色土引き擦り仕上げ。月見障子
2階寝室。壁は色土撫で切り仕上げ無双付き。古建具使用
1階広間額入り障子
近隣風景。夏はホタルが舞う小川
近隣風景。苔むした鎌倉石を積んだ土留め
近隣風景。清楚な佇まいの門と生垣
近隣風景。窓と妻壁の色合いが美しい洋館
2020年12月19日

谷津の家

里山は、植物を栽培する場所である「ノラ」に対して、植物などの自然資源を採集する場所である「ヤマ」を示す言葉として使われます。雑木林や竹藪などの林、茅場や採草地なとの草地、ため池や谷津田(台地と低地をつなぐ小河川の谷沿いに造られた水田)、それらを結ぶ用水や水路、水田や畑など、多様な環境が、モザイク模様のように組み合わされています。

千葉県北部の下総台地は、平坦地と浸食によって生まれた谷津とで構成されますが、この家の建つ環境はまさに里山の中にあります。江川沿いに広がる谷津田を、斜面地の農家屋敷と雑木が取り囲む周辺は、とても静かで四季の変化が美しい土地です。建て主は、この地の一軒の農家の土地と建物を購入し、2011年から家づくりを始めました。

始め既存主屋の改修も検討しましたが断念し、屋根瓦のみ降ろして外構工事で利用しました。平坦地は200坪ほどあり、西側に谷津田を見下ろす方向に部屋を並べ、南・東・北側の斜面林からの日当たりを良くする為に高床としてあります。玄関土間から、浴室窓から、居間や寝室から、光と風と景色を感じながら生活しているそうです。

2016年からは、物置兼薪小屋を建てる工事が始まりました。古材の松梁を使い、焼き杉を張った小さな小屋が完成し、主屋に並んで山懐に納まっています。斜面地を削った農家宅地の上に建てので、谷津田沿いの下の道路から建物は見えません。駅からわずか10分の距離に有りながら、喧噪とは無縁の環境となっています。

成田空港で航空機の整備を仕事にしている建て主は、敷地を選び、家を職方とつくり、まわりの樹木を管理する暮らしを送っています。薪ストーブの薪を確保するために周辺の農家を訪ねれば、「帰りに野菜もってけ」と言われ、子どもを通しての付き合いも広がっているようです。いずれ、地域全員で管理する谷津田を担う一員になっていくはずです。

敷地入口道路と周辺に広がる里山風景
工事前の農家屋敷の既存建物群。奥の山まで敷地
地盤改良工事と基礎工事を終了した段階
建て方軸組全景。山間に差した一瞬はハイライト
荒壁塗り作業に参加する建て主
玄関までの壁脇軒下空間。土間は古瓦小端立て
玄関大戸。壁は土壁下地焼杉板張り。土間は洗い出し仕上げ。
玄関土間。薪ストーブで家全体を温める生活が続いている。
寝室の妻壁窓と複層ガラス嵌め殺し窓
キッチンから広間とデッキ・庭を見る。
広間東側窓と月見障子越に谷津の風景を見る。
浴室。十和田石張り浴槽。サワラ羽目板張り。窓越に林を見る。
第2期工事。物置小屋の軸組。松古材を小屋梁に使用。
物置小屋全景。焼杉板張り+吊り板戸
主屋全景。右側広間はGL+1.4mの高床
近隣風景。田植え作業直後の里山風景
近隣風景。庭で見つけたスミレ
近隣風景。山際に咲くコブシの花
近隣風景。お地蔵さまとハナミズキの実
2020年12月19日

サクラの下の家

お会いしてから数年越しの再会後、駅に近く、閑静な住宅地が広がる一画、ソメイヨシノの巨木が残る建設用地に案内されました。無計画に増改築を繰り返してきた結果でしょう、桜以外は景観的に負の遺産と言っても良い環境でした。一方、建て主の語った要求は実に明快でした。

  • 数世代もつ長寿命の家とすること
  • 地震に対して壊れにくい構造とすること
  • 全ての使用材料は可能な限り自然素材とすること
  • 外国人が見ても日本文化の良さを感じられる建築とすること
  • 住み手がいなくなる状況になった際は、土地ごと文化財として国に寄贈すると決めている

私自身、常に追い求めてきた建築の有り様を、建て主の言葉として聞けたことは嬉しい限りでした。敷地は100坪と広くて平坦、角地で道路付は良い、南側は区の駐輪場で日当たりは良い。3家族別玄関+診療所+駐車場+桜の木をまとめるという難題です。ただ、複雑な要求事項が重なる計画は、それぞれの関係性を整理することでまとめやすい一面もあります。模型と共に提案した計画内容はほぼそのまま受け入れられ、数十枚の説明用内観パースが家族全員のイメージを膨らませていきました。

1年間に渡った工事が終了し、満開のソメイヨシノをそれぞれの部屋から眺めることができました。足を止めて眺めていく人もいると聞きます。診療所は看板を出していませんが、建物が目印になって人か寄ってくれるそうです。そして何より、2階に住む若夫婦に後継ぎもできたことが、この建築に関わったことをより嬉しい結果にしてくれました。

敷地南側駐輪場から見た工事前の屋敷
ソメイヨシノが咲き始める頃に始めた解体工事
モルタル吹付け仕上げの既存建物と街並み
1階広間軸組と2階床組み。竹小舞下地掻き作業中の建て主。
サクラが紅葉する頃に始めた瓦葺き工事
翌年。再びサクラが咲く頃に竣工。窓は木製建具。
植栽が馴染んできた北側道路からの景観。
焼き杉の外壁。
東側診療所入口側からの景観。柱は杉。壁は土佐漆喰塗り
 1階診療所。室内。漆喰塗り真壁。漆塗り栗縁甲板張り床
1階和室。壁は色土水捏ね仕上げ。畳は5段配藁床に無染藺草表
2階。板の間と畳の間。畳は5段配藁床に琉球表
2階。窓越に見る満開のソメイヨシノ
2020年12月19日

茶室のある家

家の佇まいは、住み手の家族の価値観や経験を反映したものになるのが普通です。ご主人は、滋賀県大津市坂本の出身で、京都の大学を卒業されています。奥様は大阪府出身で、京都でお茶の先生について稽古をつんできました。坂本は日枝大社の門前町で、石工集団の穴太衆が積んだ石垣が多く残っていて、歴史的街並みは国の重要伝統的建築物群保存地区に指定されています。本物を日常的に見てきた経験こそ優れた判断力の裏付けになることを知っているお二人との家づくりは、楽しくもあり、関西と関東の考え方の違いを経験した場でもありました。

敷地は狭山丘陵南側の平坦地で、北側に保存地区となっている里山が広がっています。休日は、その一部の畑を借りて野菜づくりを行い、できるだけ自給生活に務めています。三和土の玄関、薪ストーブ、低く深い軒、簓子下見板張りなどの提案を、無理なく承認してくれましたが、茶室まわりだけは京間で設計してほしいと頼まれました。もともと、お茶は京都から始まったものなので、炉も風炉も道具の置き方も、長さ6尺3寸(191cm)の京間畳に合わせてできています。しかし、茶室廻りだけ京間となると、家全体との取り合いが途端に難しくなります。お茶事の稽古を10年近く続けてきたおかげで、家の他の空間との取り合いも何とかまとめることができ、職方全員が集まった竣工祝いの席が、茶室開きの場となりました。

建物完成後も外構工事は続き、野面の美濃石を積んだ土留め、建て主が調達した那智黒砂利敷縁先、古瓦小端立て露地見切りなど、庭についての建て主の見識が周囲に現れています。植栽が大きく育って、建物の一部が見えるような将来が想像できるような家になりました。

南東側建物全景。簓子下見板張り漆喰塗り真壁。木曽石組階段
北側庭。古瓦小端立て組見切り
南側軒下と薪割り場。軒下は那智黒砂利敷
広間の薪ストーブ廻り。ストーブ下平瓦張り。壁は漆喰磨き
広間と全景。床はサワラ厚板張り。壁は中塗り土ハンダ塗り
広間上部の小屋組。赤松太鼓梁と檜5寸7寸平角の和小屋
広間と茶室。茶室襖は1間引き込み
茶室。京間畳。色土水捏ね引き擦り壁。吉野杉心去り材他柱
2020年12月19日

吹き抜けの家

東京の山の手の住宅地として知られる場所で、道路を隔てて南東側には歴史ある神社の鎮守の森が見えます。緩やかに南傾斜となっている周辺敷地の頂部で平坦地の際に位置する敷地は、地盤・眺望・採光・通風など住宅地として良い条件がそろっています。

道路と敷地に段差があることから、地下1階、地上2階建てとし、3層を結ぶ階段空間が広く明るく楽しいものに成る様に工夫しました。天窓からの光が、黄色の大津磨き壁で仕上げた緩い廻り階段に降り注ぎます。桜材を丸く削り出した手摺が、軽快に取り付いています。工事に参加していただいたアイアンワーク造形家の作成した手摺が、緩やかな曲線で繋がれています。

玄関から入った最初の部屋は、美術品を楽しむギャラリーです。この部屋の壁は、白土に漆喰を混ぜた白大津壁として、反射しない表現にしました。この壁は、南側に設けた吹き抜けの中を2階手摺まで達しています。中塗り土を使った水捏ね撫で切り仕上げ2階の壁と比較すると、控えめですが存在感のある白壁となりました。

一方で、地震で壊れない家とすることを求められました。尺角6m材の通し柱を10本(欅2本、栗2本、檜6本)2間(3.636m)間隔で立て、太鼓梁や7寸角材で繋ぐ軸組の上に、赤松の太鼓梁を2段重ねた和小屋を載せました。各階の壁は、通し貫に竹小舞下地土塗り壁です。外壁は、杉ラス下梁の上にモルタル塗り土佐漆喰金鏝押え仕上げ、腰壁と隅部に平瓦張りとしました。内壁は基本的に大壁として、主要な柱以外は見せない納まりにしてあります。

とても研究熱心な建て主との打ち合せは、新たな挑戦を始めるための刺激的な時間の連続であり、一つの建築を共に作っていくという濃い経験となりました。

1、2階の中央南側に設けた吹き抜け。栗尺角通し柱と栗太鼓梁は漆塗り。
地下室から2階まで通じる廻り階段。壁は黄大津磨き壁。
2階から階段を見下ろす。アイアンワークの手摺がつながる。
2階広間。南側正面の窓は中央の吹き抜け空間。
広間西側のキッチン方向を見る。
赤松太鼓梁を重ねた小屋組み
南側に設けた明るい浴室。青森ヒバ羽目板。伊豆石腰張り。洗い場床コルク張り。
1階トイレ。壁は赤大津磨き。