低く小さく美しくたたずむ住まい
家の佇まいは、住み手の家族の価値観や経験を反映したものになるのが普通です。ご主人は、滋賀県大津市坂本の出身で、京都の大学を卒業されています。奥様は大阪府出身で、京都でお茶の先生について稽古をつんできました。坂本は日枝大社の門前町で、石工集団の穴太衆が積んだ石垣が多く残っていて、歴史的街並みは国の重要伝統的建築物群保存地区に指定されています。本物を日常的に見てきた経験こそ優れた判断力の裏付けになることを知っているお二人との家づくりは、楽しくもあり、関西と関東の考え方の違いを経験した場でもありました。
敷地は狭山丘陵南側の平坦地で、北側に保存地区となっている里山が広がっています。休日は、その一部の畑を借りて野菜づくりを行い、できるだけ自給生活に務めています。三和土の玄関、薪ストーブ、低く深い軒、簓子下見板張りなどの提案を、無理なく承認してくれましたが、茶室まわりだけは京間で設計してほしいと頼まれました。もともと、お茶は京都から始まったものなので、炉も風炉も道具の置き方も、長さ6尺3寸(191cm)の京間畳に合わせてできています。しかし、茶室廻りだけ京間となると、家全体との取り合いが途端に難しくなります。お茶事の稽古を10年近く続けてきたおかげで、家の他の空間との取り合いも何とかまとめることができ、職方全員が集まった竣工祝いの席が、茶室開きの場となりました。
建物完成後も外構工事は続き、野面の美濃石を積んだ土留め、建て主が調達した那智黒砂利敷縁先、古瓦小端立て露地見切りなど、庭についての建て主の見識が周囲に現れています。植栽が大きく育って、建物の一部が見えるような将来が想像できるような家になりました。