里山の森に抱かれた生活
スタジオジブリの「となりのトトロ」に出てくる風景は、昭和30年代以前の埼玉県南部の農村地帯のもので、私の子どもの頃の記憶と完全に一致しています。東京に隣接した所沢市は遊園地・野球場などもあり、東京の周辺都市として現在も開発が進んでいます。今回建設用地は、宅地開発の規制が掛かる地域内にあり、奇跡的に里谷の風景を留めています。
この国では、森や川や池や湿地などの景観的価値があまりにも低く評価されてきた結果、失ってから始めてその良さに気が付くということが、現在も続いているようです。旧農家の山側の土地を求めた若い夫婦が大事にしたのは、四季の変化の中で生活して得られる里山の空気でした。山・温泉好きの二人の希望は、こじんまりした平屋の田舎家の雰囲気です。
雑木で蔽われた南側斜面が平坦地に迫っているので、日当たりを良くして室内から森を身近に感じられる様に、地面から1.4m上げた高床住居とします。浴室は南側林地に突き出して、森の中の露天風呂的とします。北側の駐車場から南側の山に通り抜けできる土間を設け、外壁には黒一色焼杉板を張って存在感を押えます。敷地が設計を導いてくれました。建て主には、できるだけ工事中の参加を求めていますが、土壁の小舞掻きのほとんど全てを引き受け、建て主仲間と荒壁塗りを納め、焼杉や塗装を完璧な状態でこなしたことは、大きな経験になったはずです。
自然と一体の里山の生活は、自分で動くことなしには成り立ちません。竣工後もさまざまな季節ごとに訪れることの多い家ですが、専門的な仕事を除けば自分たちで修理してしまい、いつも良い状態を保っていることに感心させられます。敷地を選び、家造りを体験することが、自然の成り行きとして、日曜大工や家庭菜園を続けることに繋がっているようです。設計者としても、とても嬉しい結果であり、建て主の生き方に学ぶことの多い家となりました。